讃岐国、現在の香川県丸亀市にあった城で、別名、亀山城(かめやまじょう)、蓬莱城(ほうらい城)とも言う。
天正15年(1587)讃岐17万2千石に封ぜられた生駒親正が、高松城の築城ののち、慶長2年(1597)から亀山に丸亀城を築いたが、元和元年(1615)の一国一城令により廃城となった。しかし、寛永18年(1641)に天草富岡城主から丸亀5万3千石に移封された山崎家治によってその翌年から大修築が行なわれ、今日に残る丸亀城が築かれた。
丸亀城は、丸亀市街地の南部に位置する亀山(標高66メートル)を利用し、縄張りはほぼ四角形で亀山の廻りを堀(内堀)で囲む、輪郭式の平山城である。石垣は、緩やかであるが荒々しい野面積みと端整な算木積みの土台から、頂は垂直になるよう独特の反りを持たせる「扇の勾配」となっている。山麓から山頂まで4重に重ねられ、総高60メートルの石垣は日本一高く、三の丸石垣だけで一番高い部分は22メートルある。頂部の本丸には江戸時代に建てられた御三階櫓が現存する。この建物は唐破風や千鳥破風を施して漆喰が塗られ高さは15メートルあり、現存三重天守の中で最も小規模である。
● 所在地 | 香川県丸亀市一番丁 |
● 城の種別 | 平山城 |
● 築城者 | 生駒親正 |
● 築城年 | 慶長2年(1597)・大改造寛永19年(1642) |
● 遺構 | 本丸・二の丸・三の丸等の跡地が石垣・水濠とともに残存(史跡)、天守・大手一の門・大手二の門(重要文化財)、御殿表門・番所長屋等の建造物が残る。 |
● 天守閣構造 | 木造 3層3階 |